これは懺悔だ。
今日は、過去の失敗を書く。
信用取引で500万円を溶かした話。
このブログでは普段、数字やデータに基づいた話を書いている。でも今日は違う。感情の話だ。あの頃の僕がいかに愚かだったか、包み隠さず書く。
読んでくれた人が、同じ轍を踏まないことを願って。
2007年──「俺は相場がわかっている」という慢心

株式投資を始めて5年が経っていた。
2003年の日経平均7,600円台で買い始めた僕は、2007年には日経平均18,000円台の恩恵をたっぷり受けていた。含み益は膨らみ、「自分には才能がある」と本気で思っていた。
今思えば、あれは才能じゃない。地合いだ。上昇相場に乗っかっていただけだ。
でも当時の僕にはその区別がつかなかった。
そして、信用取引に手を出した。
信用取引とは何か
知らない人のために簡単に説明しておきます。
信用取引とは、証券会社から資金や株を借りて取引する仕組みです。自分の資金(保証金)の約3.3倍までの取引ができます。
つまり、100万円の保証金があれば、約330万円分の株を買えるということです。
株価が上がれば利益も3倍近くになる。しかし、下がれば損失も3倍近くになる。さらに、含み損が一定額を超えると「追証(おいしょう)」──つまり追加で保証金を入れなければならない。入れられなければ強制決済される。
現物取引しかやったことがない人にとっては、この「追証」の恐怖は想像しにくいかもしれません。
最初の3ヶ月──「倍速で増える」快感
信用取引を始めた最初の3ヶ月は、すべてが順調だった。
現物では100万円の利益だったはずの取引が、信用では250万円になる。「なぜもっと早く始めなかったんだ」と心底思った。
調子に乗って、保証金ギリギリまでポジションを持つようになった。
信用維持率(保証金に対するポジションの健全性を示す指標)は、本来なら200%以上を保つのが安全とされる。僕は150%を切ることも珍しくなかった。
当時、株探で銘柄を探し、Yahoo!ファイナンスの掲示板で「この株はまだ上がる」という書き込みを見ては安心していた。今思えば、あれは確証バイアスそのものだった。
2008年──リーマンショックの朝
2008年9月15日。
リーマン・ブラザーズが経営破綻した。
正直に言うと、最初は「アメリカの話でしょ」と思っていた。日本株への影響は限定的だと。
甘かった。
9月16日の日経平均は前日比600円以上の下落。そこから地獄が始まった。
毎日、朝起きるたびに株価が下がっている。含み損が10万、50万、100万と膨らんでいく。信用維持率はあっという間に100%を割り込んだ。
証券会社から追証の連絡が来た。
「明日の正午までに150万円を入金してください」
追証地獄──止められない転落
最初の追証、150万円は貯蓄から出した。
「ここで損切りしたら150万円が無駄になる。もう少し耐えれば戻るはず」
これが、僕の人生で最も高くついた判断だった。
日経平均はその後も下がり続けた。10月には8,000円台まで暴落。1ヶ月で40%以上の下落だ。
2回目の追証。200万円。
嫁に頭を下げて、結婚資金として貯めていた口座から出した。あの時の妻の顔は、今でも忘れられない。
それでも足りなかった。
最終的に、追証の支払いと強制決済の損失を合わせて、約500万円を失った。
5つの間違い

あの経験から18年が経った今、冷静に振り返ると、僕は少なくとも5つの間違いを犯していた。
間違い①:上昇相場を「実力」と勘違いした
2003年〜2007年の利益は、アベノミクス前の小さな上昇相場に乗っただけだった。地合いと実力の区別がつかないまま、リスクを上げた。これが根本的な原因だ。
間違い②:信用維持率の管理を怠った
150%を切っても平気でいた。車で言えば、燃料警告灯が点灯しているのにアクセルを踏み続けたようなものだ。
間違い③:「取り返す」マインドに支配された
投資で最も危険な言葉は「取り返す」だと、今なら断言できる。損失を取り返そうとする瞬間、人はリスク管理を放棄する。最初の追証150万円を払った時点で、冷静な判断力はもう残っていなかった。
間違い④:損切りルールを持っていなかった
「何%下がったら損切り」というルールを、僕は持っていなかった。持っていなかったというより、「自分には必要ない」と思っていた。5年間の成功体験が、最悪の慢心を生んでいた。
間違い⑤:一人で抱え込んだ
妻にも友人にも、損失が膨らんでいることを言えなかった。2回目の追証で妻に話した時には、もう取り返しがつかない状態だった。一人で抱え込むと、ブレーキをかけてくれる人がいない。これが一番致命的だったかもしれない。
あの500万円が教えてくれたこと
あの経験がなければ、今の僕はいないと思う。
500万円は「授業料」と呼ぶには高すぎる。でも、あの痛みがあったからこそ、その後の投資で「自分ルール」を徹底できるようになった。
僕が今でも守っている3つのルールがある。
① 1回のトレードで失っていい金額を事前に決める。
今の僕は、1つのポジションで口座資金の2%以上をリスクに晒さない。これを破った瞬間に、2008年の自分に逆戻りする。
② 損切りラインは、エントリーと同時に決める。
「もう少し待てば戻るかも」は、最も危険な言い訳だと身をもって知った。エントリーする前に「ここまで下がったら切る」を必ず決める。例外はない。
③ 「取り返す」と思ったら、その日は取引をやめる。
あのリーマンの数ヶ月間、「取り返す」と思わなかった日は1日もなかった。今は、その感情が湧いた時点でパソコンを閉じる。
そしてFXに出会った
実はこのリーマンショックの経験が、僕が海外FXを始めるきっかけになった。
株の現物・信用だけだと、下落相場では基本的に「耐える」か「逃げる」しかない。でもFXなら、売りから入ることで下落局面でも利益を狙える。さらに海外FXにはゼロカットシステムがあり、追証が発生しない。
あの追証地獄を二度と味わいたくない──その一心で、僕はFXの世界に足を踏み入れた。
もちろん、FXにはFXのリスクがある。業者選びを間違えて痛い目に遭ったこともある。それはまた別の機会に書こうと思う。
ただ、あの500万円の損失がなければ、リスク管理の大切さも、投資手段を分散することの重要性も、ここまで骨身にしみることはなかったと思う。
ひとりごと
500万円あったら何ができたか、たまに考える。答えは出ないけど、考えること自体が戒めになっている。投資で一番大事なのは「増やすこと」じゃなくて「退場しないこと」だ。あの時退場しかけた僕が言うのだから、たぶん間違いない。
economyotaku.hatenablog.jp
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